大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和30年(モ)742号 判決 1956年4月09日

申立人 天野政吉

被申立人 横山達三

主文

当裁判所が昭和三十年(ヨ)第二五五号不動産仮処分申請事件について同年十一月七日した仮処分決定中、申立人に関する部分(但し甲地を除く)を、申立人において金百万円の保証を立てることを条件として、取り消す。

手続費用は各自弁とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

申立代理人は、主文第一項掲記の仮処分決定中、申立人に関する部分(但し甲地を除く)を相当保証を立てることを条件として取り消すとの判決並びに仮執行の宣言を求める旨申し立て、その理由として、申立人は、被申立人の申請に係る当庁昭和三〇年(ヨ)第二五五不動産工事禁止等仮処分事件について、昭和三十年十一月七日仙台市東五番丁十一番宅地二百三十四坪二合六勺のうち、別紙<省略>図面(乙)(丙)(丁)の土地(第七ブロツク第三号約七十一坪)に対する申立人の占有を解いて仙台地方裁判所所属執行吏の保管に付する、申立人は右(乙)(丙)(丁)表示の土地に建物その他の工作物を建築し、又は右土地の現状を変更してはならない、申立人は同土地に存する申立人所有の家屋番号第二八番の四木造瓦葺二階建店舖一棟建坪四十三坪二合五勺二階六坪一合のうち、右(乙)の土地に存する部分の増改築をしてはならない旨の仮処分決定を受け同決定は同日執行された。そして右仮処分申請理由は「被申立人は昭和二十五年八月十七日申立人に対し、被申立人所有の仙台市東五番丁十一番宅地二百三十四坪二合六勺のうち九十七坪七合(別紙図面(レ)(タ)(ヨ)(カ)(ニ)(ホ)(ヌ)(ル)(ヲ)(レ)各点を直線で結ぶ範囲)を目的建物所有賃料取引上相当額毎月末日払と定めて貸し渡し、申立人はこれに本件建物を所有以て右土地を占有していたが昭和二十六年十二月二十八日特別都市計画法により仙台市長より被申立人は右宅地の換地予定地として別紙図面甲乙丙地等を含む宅地約四百四坪、又申立人は右借地丁の換予定地として同乙丙丁約七十一坪(同市東五番丁十一番第七ブロツク第三号)の各指定を受けその旨通知された。ところで、申立人は昭和二十八年九月一日から昭和三十年五月三十一日までの坪当月金百五十円の賃料の支払を怠つたから、被申立人は、昭和三十年六月十六日申立人に対し、右賃料を同月二十日までに支払うべく右期間を徒過するときは同日限り賃貸借を当然解除したものとみなすという条件附契約解除の意思表示をしたが、申立人は右催告に応じなかつたため右契約は同日限り解除により将来に向つて消滅に帰した。従つて、申立人は被申立人に対し右建物を収去して右土地を明け渡す義務があるのにかかわらず、この義務を履行しないから、被申立人は申立人に対し、目下建物収去土地明渡の訴を提起しようとしている。然るに、申立人は目下本件建物を右乙丙丁地に移動してこれを増改築し、又はこれに取り払い、右乙丙丁地に広大な家屋を建設しようと企て目下着々その準備を進めている。従つて、被申立人において今本案勝訴判決の確定を俟つにおいては時既に遅く、通常の手段では到底回復不能の損害を被ることは極めて明瞭である。」というにある。ところで、申立人は被申立人主張の賃貸借成立、引渡家屋所有土地占有、各換地指定及びその通知、履行の催告及び条件附契約解除の意思表示及び借地換地予定地に建物新築準備の各事実は認めるが、その余は否認する。昭和二十八年九月一日から昭和三十一年五月三十一日までの本件賃料は月金二十円を以て相当とし、被申立人主張の金百五十円は過当も甚しい。従つて申立人は前記催告に応ずる義務がなく、被申立人の解約の意思表示は法律上当然無効であるが、それはさて措き、申立人は昭和二十八年八月二十八日仙台市長から右借地の換地予定地の使用開始期日を同月三十日とする旨の決定及びその通知を受け、その後、昭和二十九年十月十五日特別都市計画法第十五条により、同市長から本件家屋を昭和三十年一月十八日限り移転すべき旨の命令を受け、更に昭和三十年十一月七日同市長から同月二十二日午後五時までに右移転を完了するよう戒告を受けた。しかし、諸種の事情により、右乙丙丁地に建物を移動又は新設するを得ず苒荏日月を空費していたところ、昭和三十一年二月二十三日同市長から同年三月初旬行政代執行法に基き右家屋収去移転の代執行をする旨予告を受けた。ところで、申立人は昭和二十一年一月から本件家屋で旅館業を営み近時業蹟漸く見るべきものがあり、右建物を一応取り払い、本件借地換地予定地に新家屋を建設して営業を持続しようと計画し、既に建築許可申請手続を了し、資材を調達、石垣工務店と請負契約を取り結び建築準備が略ぼ完了した折柄偶々本件仮処分の執行を受けたわけで今若し本件仮処分をこのまま持続せんか、右予定地が現存家屋を容れるに適しないため右代執行により右家屋が一応取毀され、申立人が事実上右賃借権及び生業を失い一家十人が路頭に迷うことは極めて明らかである。反之、被申立人は仙台市内有数の繁華街南町電車通に面し、本件借地換地予定地に近接する宅地七十四坪(内二十四坪は被申立人所有現住家屋の敷地残五十坪は空地)を所有占有するから、これに、その欲する如何なる建物をも築造することができる。従つて、本件仮処分を取り消すことにより被申立人の被る損害は、そのこれを維持することにより申立人の受ける打撃に比すべくもない。のみならず、被申立人の被る損失の如きは固より金銭を以て裕に補填することができるところのものである。よつて、ここに主文第一項掲記のように本件仮処分の取消を求めるため本訴申立に及ぶ。と陳述した。<疏明省略>

被申立代理人は、申立人の申立棄却の判決を求め、答弁として、申立人主張の仮処分決定、同執行が為されたこと、右仮処分申請理由が申立人主張のとおりであること、その主張の使用開始決定、その通知、建物移転命令、戒告、代執行予告が各為されたこと、申立人が目下本件借地換地予定地に建物を新築する準備に大童である事実はこれを認めるがその余の事実を否認する。被申立人は昭和三十年九月以来、別紙図面甲乙丙丁地に資金三千万円を投じ、鉄筋コンクリート製四階建(一階六十坪五合延坪二四二坪)ビルデイングを建築する計画を樹てその実現に努力して参り、目下その準備が殆んど完了し今将さに建築請負人と右工事請負契約を締結しようとしていた折柄前叙のように申立人の暴挙に遭い本件仮処分手続に出たわけで、今若し、本件仮処分決定が取り消されんか。被申立人の計画は全然水泡に帰し、被申立人は通常の手段では到底補償至難の禍害を被ることは必至で、この災厄に比し右決定を維持するにより申立人の悩める苦痛の如きは到底ものの数ではない。そして被申立人の受ける有形無形の損害は到底金銭などを以て被償し得べき事柄ではない。よつて、本件申立は失当であると述べた。<疏明省略>

理由

申立人主張の賃貸借が成立し目的物の引渡があり、爾来今日まで申立人において右土地に建物を所有以て右土地を占有して来たことは当事者間に争がない。よつて右契約が被申立人主張のように申立人の相当賃料の支払懈怠により既に解除され消滅に帰しているかどうかの吟味は暫らく措き、申立人主張の特別の事情の有無について按ずるに、申立人主張の仮処分決定、同執行が為されたこと、右仮処分の申請理由が申立人主張のとおりであること、その主張の各換地予定地の指定、その通知、使用開始決定、その通知、建物移転命令、戒告、代執行予告が各為されたことは当事者間に争がなく、申立人が昭和二十一年頃から本件家屋で旅館業を営み近時その業蹟相当見るべきものがあり、本件借地の換地予定地の指定を受けるや右予定地が従前の借地より狭小なため右家屋をそのまま右予定地に移動することができないため、一旦本件家屋を取り毀ち右予定地に右材料等を用いて新たに旅舎を築設しようと計画し、既に建築許可申請手続を了し、建築請負人との話合を進め、新陳容に一歩を踏み出した折柄、偶々本件仮処分決定の執行を受け、所期の工事を中止せざるを得ない状態に立ち至つたことは申立本人尋問の結果により明白で右推定を覆すに足る疏明は更に存しない。然らば申立人は一方においては代執行予告の脅威に怯えると共に他方においては仮処分の執行に妨げられ、進退ここに谷まるものといわざるを得ない。ただ、申立人において、本件仮処分決定の効力が行政庁に及ばないことを奇貨とし、右代執行に便乗することにより、仮処分の執行を事実上排除することができるようにも観えないわけではないけれども、本件借地の換地予定地として別紙図面乙丙丁地を一応指定したとはいえ、本来の借地権の効力について当事者間が訴訟沙汰に出ている以上行政庁が果して本件家屋を取り毀ち右予定地にこれを新設するや否やは頗る疑問であつて、仮りに行政庁が右建物を取り毀つたとしても(右予定地が右建物をそのまま容れるに、面積及び形状等の関係から困難なため)その材料等を用い右予定地に新たに申立人の欲する家屋を建築することは費用等の点から頗る困難であることは実験測に照らし殆んど疑を容れる余地は存しない。さすれば、本件仮処分の存在は申立人にとつては唯々しい不祥事だといわざるを得ない。もつとも証人熱海稔の供述、被申立本人尋問の結果を綜合すれば、被申立人は別紙図面乙、丙、丁を含むその所有宅地にその主張の鉄筋コンクリート製四階建ビルデイングを建設する意図があり、その具体的実現に腐心していることを認めるに足り、右土地に右ビルデング建設の暁には地の利を得ているため業蹟期して待つべきものがあることは証人大和田新一郎、熱海稔の各供述、被申立本人尋問の結果を綜合するにより明白であるけれども、申立本人尋問の結果によれば、被申立人は右土地以外これに近接し仙台市内有数の繁華街南町電車通に面する土地少くとも七十四坪(内二十四坪は被申立人所有現住家屋敷地、残五十坪は空地)を所有占有することを窺うに足るから右ビルデイングの敷地は本件土地に限定せず、条件は若干劣るとはいえこれらの土地にもこれを求めることができるものといわなければならない。さすれば、本件仮処分を維持することにより申立人の受ける損害はそのこれを取り消すことにより被申立人の被る災禍よりも必ずしも小なりとせず、且つ、申立人が本件借地の換地予定地に家屋を新築することにより被る損害の如きは固よりその金銭的数額の確定及びその現実支払時期をト図することは容易ではないとはいえ、なお、窮局には金銭を以て補償し得べきところのものと観なければならない。そして如上のような事情も亦民事訴訟法第七百五十九条にいわゆる「特別ノ事情」に該当するものと必ずしもいえないわけではないから、申立人に相当保証を立てさせ本件仮処分決定中申立人に関する部分(但し別紙図面甲地を除く)を取り消す他はない。よつて右保証金額について一考するに、申立本人尋問の結果によれば、申立人が本件借地換地予定地に新築しようと計画している家屋は、俗にいわゆるバラツク式の簡易住宅ないし店舖ではなく、延五十坪の木造瓦葺二階建客舎であることを窺知するに足るから、他日申立人敗訴の本案判決が確定した場合被申立人において申立人をして右建物収去土地明渡をさせるには、これ亦相当手を焼くであろうことは容易に想像することができるから、この点及び本案訴訟の結果の見通しその他諸般の事情に稽え、本件保証金額を金百万円と査定するを相当とする。

よつてここに、申立人が金百万円の保証を立てることを条件として、本件仮処分決定中、申立人に関する部分(但し別紙図面甲地を除く)を取り消し、訴訟費用の負担について同法第八十九条第九十一条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を各適用して、主文のように判決する。

(裁判官 中川毅)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例